(社)日本機械学会計算力学部門ニュースレターNo.26 (March, 2001)より転載

 

 

2000年度日本機械学会計算力学部門業績賞を受賞して

 

吉村 忍

東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学専攻

 この度は、「知的シミュレーションの開発と応用」という研究内容に対して、栄えある計算力学部門業績賞を受賞させていただき、大変光栄に存じます。私の研究分野は、計算力学を中心として破壊力学・非弾性構成式・構造工学分野から自動要素分割・大規模並列処理、さらに設計最適化・逆問題解析まで、さらに応用分野も原子力から自動車、マイクロマシン、環境に至るまで多岐にわたっているのですが、この機会に、私の研究の視点を少しご紹介させていただきたいと存知ます。

 そもそも大学院時代は、東大や留学先のジョージア工科大学において電磁力効果や動的効果と材料非線形効果の相互作用に注目した破壊現象追及型の実験及び数値解析研究を行なっていたのですが、1987年に博士課程を修了し、講師として大学に残った直後に、大学院時代の指導教官でもあった教授から今後の新規有望分野である人工知能(AI)と計算力学についてサーベイをして欲しいと依頼されたことをきっかけとして、私の新しい研究がスタートしました。
 最初は、当時ぽつぽつと出始めた有限要素法解析支援のようなAIの応用事例をサーベイしていたのですが、半年ほどして、オブジェクト指向技術が核融合構造機器のような複合現象を考慮する設計プロセスの合理化に役立つのではないか、またファジィ推論が自動要素分割の要素サイズ制御に役立つのではないか、という2つの着想を得て具体的な研究をスタートしました。その後研究を続けるうちに次第に、材料力学、構造力学、計算力学、構造設計等において様々なノウハウや知的プロセスが内在し、しかもそれらがそれぞれに極めて重要性な役割を果たしていることに気付きはじめ、こうしたノウハウや知的プロセスを顕在化させ、知的情報処理手法を用いてモデル化し適用することによって、従来の伝統的な手法だけでは解決が困難であった様々な課題をうまく解くことができるのではないかという着想に至りました。
 今になって考えてみると、なぜこれほどノウハウや知的プロセスの重要性に興味とこだわりをもったかと言えば、木工職人であった父の技に身近かに触れながら少年時代を過ごしたからかもしれません。この発想は1992年〜1995年に設立当初から所属した東京大学人工物工学研究センターにおける人工物工学研究の中でより洗練され、これを知的シミュレーション(Intelligent Simulation)と名付けました。対象世界をその世界の基本法則(微分方程式など)に則ってモデル化するシミュレーション技術は、理路整然とした理論やアルゴリズムに脚光が当たりがちですが、現実にはそれを開発するのも利用するのも人であり、その人のノウハウや知的プロセスが最終的なシミュレーションの性能に大きく影響を及ぼします。
 また、破壊現象を例にとれば、構造機器の破壊プロセスは物理であり、その理論として破壊力学がありますが、現実には破壊現象を防止するのも引き起こすのも人(設計者や運転者)の役割りが極めて重要です。したがって、人の知的役割にも焦点をあて適切にモデリングを行ない、従来の理論やアルゴリズムと統合化することによって実現する知的シミュレーションこそシミュレーション本来の姿であろうと考えています。

 1999年4月に、東京大学に新設された大学院新領域創成科学研究科環境学専攻に再度移ったのを期に、これまで培ってきた知的シミュレーションに関する研究をベースとしつつ、これまで以上に人間や社会そのものをモデリングの対象として取り込みながら、21世紀社会の最大の課題である環境問題解決に向けた研究を本格化させていきたいと考えています。今後とも皆様のご指導ご鞭撻をよろしくお願い申し上げます。