社会現象・社会システムの数理モデリング

(東京大学工学部システム創成学科・数理社会デザインコース 2005年度パンフレットより転載)


構造物の変形現象や台風の進路予測などの物理現象に関して数理モデルを構築する、あるいはその数理モデルを用いて現象を予測するということには、多くの人が納得できるでしょう。しかし、こと社会現象や社会システムとなると、それを数理的にモデル化できるのか、あるいは社会現象を予測することなどできるのかと、懐疑的になる人が多いかもしれません。しかし、いまや科学技術は大きな変革の時を迎えつつあります。ある種の不確実性を伴いながらも、最も起こる可能性の高い社会的状況を定量的に予測することが可能となりつつあるのです。

社会現象や社会システムの重要な構成要素は人間そのものです。多数の個性を有する人間が相互作用を繰り返すことにより、極めて複雑で非線形な社会的な状況が生み出されます。さらに環境の変化に対して、人間一人ひとりが学習を通して適応的に変化し、それが再び環境に影響を与えることになります。一方、人間は自ら生み出した人工物を利用し、天候などの物理現象の影響を受け、社会現象の変化が物理現象に影響を与えます。流行の盛衰、バブル経済の発生と崩壊、交通渋滞、エネルギーセキュリティ、地球温暖化、ヒートアイランド現象など多くの社会問題、環境問題の本質は、このような人間−人工物−自然の相互作用にあるといえます。社会に埋没した私たち1人ひとりにとって、他の人が何を考えどのような行動を起こすかは未知であるため、それらの相互作用が積み重なって起こる社会現象はまったく予測不可能なものと思ってしまいがちです。予測するといってもせいぜい過去の統計的な情報から外挿することぐらいしか思いつかないかもしれません。しかし、人間一人ひとりの行動や人間同士あるいは人間と自然との相互作用を丹念に分析し、それらを最先端の理論・技術を駆使して数理モデルとして再構築し、コンピュータ上で多数相互作用を起こしてあげると、社会現象を極めて巧みに再現することができるようになるのです。しかも、モデルのどの部分が全体挙動にどのように影響を与えているかは、数理モデルを適宜変更しながらシミュレーションすることにより定量的に分かるようになりますので、複雑で非線形な社会現象を分析的に理解することに大いに力を発揮します。また、これまで気がついていないような社会現象を新たに発見することも可能となるでしょう。社会現象の数理モデリングの面白さは、どのように視点を定め、何に着目して再現していくかによって、多様なモデル化があり得ることです。また、その中心には常に、人間の数理モデリングというフロンティアが広がっています。このモデリングには、社会分析のセンス、数理モデルのセンスがともに要求される、少し古い言葉で言えば文理融合の実証といえるかもしれません。一見すると不可能と思えるような社会現象・社会現象の数理モデリングは、混沌とする世界を精密に理解し、予測し、本質的な問題解決を図る上で、大きな意義を有するチャレンジグな分野であるといえるでしょう。