4.3. 干潟・海域における生態系/物質循環モデルの開発
日本の干潟は、経済成長にともなって急速に減少し、現在では50年前のおよそ6割しか残されていません。最も多い消滅原因は「埋め立て(消滅原因の42%)」であるという報告もあります。(第4回自然環境保全基礎調査海域生物環境調査報告書,環境庁,1994)。(財)日本自然保護協会の「全国の主な干潟の現状調査(1998)」(詳細はこちら)によると、少なくとも、日本の主な干潟37カ所のうち半数以上の干潟が、埋め立てや港湾施設等の開発計画により危機にさらされているのが現状です。
一方で、諫早干潟の干拓、藤前干潟埋め立ての問題が全国的に認知されるに伴い、国民の干潟への関心は高まり、各地でその保護を求める声が大きくなっています。
干潟や、湾岸/浅海域の自然環境は以下の意味で重要な位置付けを持ちうると考えます。
- 多様な生物を育む干潟・浅海域の生態系
- 海域の水質を維持する物質循環の場
- 人工干潟では代替できない干潟・浅海域生態系
多様で豊富な生物の生息地、魚類の産卵と成長の場、渡り鳥の中継地という生物の生息環境として、生物多様性保全上重要な地域となっています。
漁業活動や、干潟・浅海域生態系の多様な生物の活動を含む物質循環をとおして、海水中の有機態窒素を無機化する二次処理としての機能のほかに、鳥の採餌や漁獲をとおしての海域からの栄養物の取り上げや空気の成分である窒素ガスとして大気中に戻すという三次処理をも司り、東京湾浅海域全体ではT-Nにして575t/年、CODにして2,245t/年というきわめて高い水質浄化機能を果たしているという報告があります。これを下水処理場の浄化能力に換算すれば97,100 /日、約13万人分に相当する処理能力です(補足調査現況編,1998)。三番瀬は、東京湾の水質の富栄養化を抑制するだけでなく、地球環境の健全な維持に貢献しているといえると言えます。
干潟の自然は、微妙な干潟・浅海域生態系のバランスの上に成り立っており、その歴史性、浄化機能、人との関わりなどどれをとっても人工的な技術で代替できるものではありません。
上記以外にも、観光、修景的な要素を持っていることや、漁業を営む人にとっては生活の場でありそれ自体が死活問題でもあります。
現在、この分野の研究が多方面から急ピッチで進められていますが、物質循環の仕組みや、浅海域のの浄化機能の大きさ、特徴等の知見は十分であるとはいえません。(だからこそ人工海岸がうまく機能しないのですが) 従って、自然海岸の浄化機能をより深く理解し、海域全体での物質循環系における役割分担の重要性をしっかり把握する必要があります。
そこで本研究では、主に東京湾を対象として、干潟の物質循環モデル(以後、底生系モデル)と東京湾の海水中の物質循環モデル(以後、浮遊系モデル)を統合化し、東京湾全体での物質循環を表現することのできる「生態系モデル」を構築し、東京湾における物質循環挙動をより深く理解することと、その中での干潟浅海域での物質浄化作用を定量的に評価することを目的としています。
本研究で言う「生態系モデル」は、「底生系モデル」と「浮遊系モデル」からなります。
「底生系モデル」は、干潟浅海域に生息する生物および有機物、無機物の被食・捕食/排泄などの相互作用と、水温、底質成分等の物理的要素を加味することで、物質収支の時間的変動を表現します。
「浮遊系モデル」は、海水中での主に微生物(植物プランクトンや動物プランクトン)及び有機物、無機物の相互作用を表現すると共に、海流による移流や、拡散運動を考慮し、更に水温、日射量等の物理的要因を加味することで、時間変動を表現します。
発表論文
- 平野斉、吉村忍
干潟・浅海域における生態系シミュレーションモデルの構築
計算力学講演会講演論文集、 pp.217-218、2002