5.1. マルチエージェント型交通流シミュレータ
本研究室では、複雑な交通現象を解明するためのツールとして、 知的マルチエージェント交通流シミュレータ MATES(Multi-Agent based Traffic and Environment Simulator)の開発を行っている。
マルチエージェント的手法を用いたシミュレーションでは、 一般的に図1のようなエージェント(agent)と仮想的な環境(environment)をコンピュータ上に構築し、 エージェント−エージェント間、エージェント−環境間に関してミクロなルール(例えば道路交通をモデル化する場合は、 前の車のブレーキランプが点灯すると、自分もブレーキを踏んだ方がよいだろうというルール)を記述することで、 それと直接関係ないようなマクロな現象(例えば交通渋滞)を取り出す。 このように、個々の構成要素を分析しただけではわからないようなシステム全体の様相が現れることを創発(emergence)と呼ぶ。

図1 エージェント
MATESでは、道路交通に登場する自動車、路面電車、歩行者、自転車など「自ら判断・行動できるもの」をエージェントとして設計している。 また、あるエージェントを取り巻く環境には、道路、信号などの他に「自分以外のエージェント」も含まれる(図2)。 自動車Aにとって自動車Bは環境の一部であり、同時に自動車Bにとって自動車Aは環境の一部である。 エージェントの行動は他のエージェントにとっての環境の変化として捉えられ、 この相互作用の積み重ねによって複雑な交通現象が生み出される。

図2 MATESにおけるエージェントと環境
このようなシミュレータを作るには、仮想的な道路環境をコンピュータ上に構築することと、 自動車、歩行者などの行動をミクロなレベルでエージェントとしてモデル化することが必要になってくる。 仮想的な道路環境を構築するに当たっては既存の デジタル地図データの利用を考えている。 また、エージェントを作成するにあたっては様々な研究分野と関わることになる。 現在のところマルチエージェント以外に必要と考えられるのは 交通工学をはじめ、 人工知能、 効用理論(経済学)、 ポートフォリオ理論(ファイナンス理論)などの分野である。
MATESを利用した研究として、路面電車の延伸や信号制御手法の変更など交通施策の事前評価(図3)や、 シミュレータの中で車を操作して交通環境を疑似体験することのできる対話型交通流シミュレータの開発(図4)、 協調行動や歩者混在環境のシミュレーション(図5)に取り組んでいる。

図3 路面電車延伸シナリオの事前評価(岡山市・右は車両密度を表したもの)

図4 対話型交通流シミュレータ

図5 歩車混在環境のシミュレーション(渋谷ハチ公前スクランブル交差点を鳥瞰した様子)
また、最終的な目標は東京都全域程度の規模での高速道路、主要幹線道路だけでなく、 あらゆる道路を含む道路環境を対象としたシミュレーションであり、 計算量が大きくなることが予想される。 したがって並列計算も必要となってくる。 今まで、交通シミュレータでそのような規模、詳細さを扱っているシミュレータは少なく、 これがMATESの大きな特徴になると考えられる。 MATESの並列化にあたり、どのような方式が望ましいのかなどの研究も行いたいと考えている。
このようにマルチエージェント的な手法を用いて交通シミュレータを構築する事は多岐の学問分野に及ぶことになる。 また、様々な学問分野を融合する方法としてマルチエージェントを用いたシミュレーション手法が注目されつつあり、 取引、移動、群形成、戦争、環境との相互作用、文化の伝搬、疫病の感染、人口の変動などを対象とした研究も行われている。
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発表論文
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吉村 忍,西川 紘史,守安 智
知的マルチエージェント交通流シミュレータMATESの開発
シミュレーション,Vol.23-No.3,2004 -
藤井秀樹,仲間豊,吉村忍
知的マルチエージェント交通流シミュレータMATESの開発
第二報:歩行者エージェントの実装と歩車相互作用の理論・実測値との比較
シミュレーション,Vol.25-No.4,2006